さっきの声もそうだけど、拘束する手の大きさからしても後ろにいるのが男であるのは、まず間違いないと思う。



「い…ッ!?」


突然、何の前触れもなく、掴まれた手を引っ張られた。

――視界がぐるりと反転する。

気付いた時には、空いっぱいに広がる青を背に、嫌味なほど顔が整った男がそこいた。

どうやら、この男に引き倒されたらしい。



「…汚ない女だな」


…確かに泥だらけの私は汚いだろーが、もっと言葉を選ぶべきじゃなかろうか……。


今の言葉には、さすがに私もカチンと来て、男を睨み付ける。


サラサラの黒髪に、切れ長の瞼から見える、鈍く光を点す濃紺の瞳。
白い肌と彫りが深い顔立ちは、日本人にはとても見えない。

くそう…、イケメン過ぎてケチがつけられない…!


そのまま、黒いスーツを着た手元へと視線をずらして、私はひどく後悔した。


私の左胸に押し付けられている黒い塊が、当然のごとくコチラに銃口を向けていたからだ。

引き金に掛かったままの指が、今にもそれを引いてしまいそうで背筋がぞわりと震える。


「…す、すみませんが、ソレ。退けて貰っても……」

「イイわけないだろ」

「ですよねー! すみません、言ってみただけです!」


ドスの効いた冷たい声で言われて、逆に銃口を強く押し付けられてしまった…。



「見たところ丸腰みたいだが、身体を使って、情報なり首なり取ってくるようにでも言われたのか?」

「へ?」


なんの事だ。


「…お前のボスの名前は?」

「ボ、ボス…?」

「雇われスパイか? お前みたいな見るからに使えなさそーな奴しか雇えないんじゃ、対したファミリーじゃなさそうだな…」

「ファミリー…?」


矢継ぎ早に言葉を投げ掛けられても、何がなにやらさっぱりである。
しかし、言葉の節々に不穏なワードがあったのは聞き取れた。


(ボスやらスパイやらって……)



「使えそうにないな。生かしといても役に立たないなら殺しとくか」


コチラに向けられたものではない、ぼそりと呟くような声音に、心臓がどくりと大きく跳ねた。

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