なにか用事があったらしく、なっちゃんは岡村さんが食べ終わるのを待たずに帰っていった。
ぼくは、用事なんて特にはなかったから、帰るなっちゃんに挨拶をして、岡村さんが食べているのを見つめていた。
岡村さんはぼくが見ているのなんて気にも留めず、やっぱり必死になってサキイカを口に入れていた。
「岡村さん、いつもサキイカばっかりで飽きない?」
ぽそりと尋ねてみる。
なっちゃんもぼくも、岡村さんにあげるのはこればかりだ。
なっちゃんはぼくの見ていないところで別のものをあげているかもしれないけれど、見ている限りはそれはなかった。
当然のように、岡村さんからの返答はない。
ぼくは少し息をついて、ゆっくり立ち上がった。
同時に、食べおわったらしい岡村さんが口をもごもごさせながら顔を上げる。
空はもう紫色だ。
この色を見ると、無性に帰りたくなる。
「また明日、岡村さん」
挨拶をしてから、岡村さんに背を向ける。
猫の食べられるものを、少し探してあげたほうがいいかもしれない。
そう思いながら歩き出す、と、
「ありがとうね」
後ろから唐突に、声が聞こえた。
驚いて振り返ると、そこにはちょこんと座った岡村さんがいるだけだった。
ぼくが振り返ったのに少し驚いたような顔をしていたが、若干、にやりと笑っているようにも見える。
「……リクエストがあったら、聞くよ?」
思わずそう声を掛けるが、岡村さんはぼくを見上げたまま動こうとしない。
それはそうだろう。
にこりと岡村さんに笑い掛けてから、ぼくは再び歩き出した。
今度は、不思議な声に引き止められることはなく、ぼくは校門をくぐって帰路についた。
