あまり同情心らしいものは感じなかった。
岡村さんは野良猫で、随分気ままに生きているようだから、悲観するようなところはなさそうだと思う。
「なっちゃんは、岡村さんが可哀想だと思うの?」
念のために尋ねてみたが、案の定なっちゃんはふるふると首を横に振った。
薄情だとも酷いとも思わなかった。
「岡村さん」
猫に呼び掛ける。
きっとそう呼んだのはぼくが初めてのはずなのに、腕の中の猫はぴくりと反応した。
鼻をひくひくさせて、ひげがそれに合わせてほんの少し動く。
それを見て、ぼくは先ほどまでの岡村さんの行動を思い出した。
「……お腹、空いてるんだっけ」
岡村さんはまた、にゃあ、と応えた。
偶然だろうが、それは肯定を示すものなのだろう。
岡村さんを静かに地面へと下ろす。
鞄の中をごそごそと探る。
岡村さんはぼくを期待に満ちた顔で見上げていた。
まるでプレゼントをもらう直前の子どもだ。
やがていつものサキイカを取り出し、意地悪せずにひとつ岡村さんに与えると、夢中と言うよりは必死になって岡村さんはサキイカに食い付いた。
相当お腹が減っていたんだろうか。
「……ありがとう」
「ん?」
一瞬誰の声だか分からなくて、疑問をそのまま口にしてしまった。
すぐになっちゃんだと考え至ったが、ぼくは少しの間でもなっちゃんのことを頭から追いやっていたらしい。
「ありがとう、って?」
そんな失礼なことは発言せず、妥当な質問をする。
「岡村さんが喋れたら、食べ終わったあとにそう言うと思う」
うっすらと唇に笑みを浮かべ、なっちゃんはぼくと岡村さんを見た。
食べ終わったら、のあたりに妙な現実味を感じる。
確かにいまの岡村さんは食べるのに専念しているから、そういう気持ちになったとしても言葉にするのはきっとその後だろう。
「あと、どうしてなっちゃん?」
必要最低限すらなかなか喋らないなっちゃんの言葉を解読するのはやや困難だったが、ようやく慣れてきたためかなにを言いたいのかぼくは理解に至れた。
たぶん、どうしてぼくが「なっちゃん」と呼ぶのか知りたいのだ。
「……なんとなく?」
言葉を濁し、ぼくは回答から逃げることにした。
