初めての邂逅は、なんというか、どうにも気まずくてならなかった。
なっちゃんの手の中から逃げ出した猫はぼくの足下まで来て、にゃあ、とひとつ鳴き声をあげた。
こうして来るのは食べ物が欲しいからだ。
しゃがんで猫を抱き上げてから、少しだけ作り笑いを浮かべた。
なっちゃんもぎこちなく笑った。
「猫、好き?」
じっとり流れる沈黙を、ぼくは月並みな質問で打ち破ってやろうとした。
なっちゃんはほっとしたように頷いた。
「岡村さん」
「え?」
いきなり知らない人の苗字を言われたので、ぼくは後ろに誰かいるのかと思って振り返ってみた。
誰もいなかった。
花壇に冷たさを含んだ風が吹き抜けていっただけだった。
「……岡村さん?」
反復すると、なっちゃんはまたこっくんと頷いた。
頷くだけじゃ分からない。
紡ぐ言葉を思いつけずに困惑していると、ぼくの戸惑いに気づいてくれたのか、慌ててなっちゃんは補足してくれた。
「名前。猫の」
猫の名前、と再び小さな声で反復し、腕の中でご飯を待つ猫を見つめた。
すぐに目が合い、猫は口を大きくあけて、にゃあ、とまたひとつ鳴いた。
「いつも猫とか、おまえとか呼んでたから。岡村さん」
この猫をそうやって呼んでいたのは紛れもなくぼくなのだが、なっちゃんがこの子のことを「岡村さん」と呼んでいるのも聞いたことがない。
「それ、いまつけた名前?」
「うん」
「どうして岡村さん?」
「箱に書いてあったから」
目を瞬いていると、なっちゃんは頷いて、これくらいの、と胸の前に手で四角を描いた。
小包みらしい大きさだった。
なっちゃんがさらに「段ボール」と付け足したことで、ぼくはようやく合点がいった。
「この子は捨て猫なんだ?」
そうだ、というようになっちゃんは頷いた。
「事情があって飼えなくなりました。誰か育ててあげてください。岡村ゆかり」
「そのメッセージがこの子の入ってた段ボールに書かれてた?」
「うん」
淡々と答えるあたり、なっちゃんはそれに心を痛めているわけではないらしい。
ぼくはもう一度抱えている猫――岡村さんを見つめた。
