なっちゃんが猫を飼っているらしいと知ったのは、ほんとうに偶然だった。
生徒や先生と喋っているところを見たことはないけれど、なっちゃんにはちゃんと友達がいる。
その友達はぼくのクラスメイトで、席は離れているんだか近いんだか、微妙なところにいた。
ぼくのクラスを通り過ぎようとしたなっちゃんに気付き、机をひょいひょい避けて話し掛けに行った。





曰く、今度カラオケに行かないか。
曰く、家に遊びに行ってもいいか。
曰く、あの猫は元気か。





それらの質問に、ひとつひとつ丁寧に答えるなっちゃんを見ながら、ああなんだ喋れたんだなあ、と少し失礼なことを考えていた。
初めて聞くなっちゃんの声は、周りの子より少し低いように聞こえた。
なんとなく心地よい音色で、聞き続けていると眠ってしまいそうな、不思議な声をしていた。



唇に綺麗な弧を描かせて笑うなっちゃんは、ぼくがいままで見ていた無表情な顔のイメージを一瞬で払拭させてしまった。
あんなふうに笑うことも出来るんだなあ、と妙な感動を覚えた。
猫の話になって嬉しそうにするなっちゃんを見ながら、ああ猫が好きなのかなあ、とちょっぴりほんわかした気持ちを抱いた。





その日の帰りに、ぼくはまたも偶然、野良猫と遊んでいるなっちゃんを見つけた。
美化委員会の仕事場のひとつ、学校の花壇だった。
花壇というよりはむしろ菜園といった表現が適切かもしれない。
なぜだかトマトや唐辛子が植えられていて、花と野菜の比率は4:6だ。
そんな奇妙な花壇を美化委員のなっちゃんは放課後毎日居残って、一生懸命世話をしていた。



いつも花壇で土いじりをして、植物に水をあげているはずのなっちゃんは、その日随分泥にまみれ汚れた三毛猫を相手に遊んでいた。
無造作に地面に置かれた学生鞄の中からサキイカの袋を取り出して、三毛猫の前にちらつかせた。
当然のように猫は目の色を変えて、なっちゃんを見上げた。
なんだか期待しているような顔でもあった。
取り出したサキイカを意地悪くなっちゃんが右に左に動かすと、それに合わせて猫も体全体を動かして追う。
なっちゃんは楽しそうに笑っていた。
感情が顔に浮かんでいるなっちゃんを見るのは、これが二度目だった。