小春は道場の縁側に腰掛けて、夜空を見上げた。


浅木が小春の脇にそっと立った。


小春はぽつぼつと言った。


「兄さんがいなくなってからときどきあんな風になるのよ」

浅木は柱に寄りかかりながら小春の話を聞いた。


「兄さんは、『陰流の鬼』とか『鬼陰』と呼ばれていたの。強いだけじゃなく、皆に尊敬されていたわ。あのまま、将軍様の時代が続いていれば小料理屋とかしなくても済んだのに。でも、今の生活が嫌じゃないわよ」


それを聞いて、浅木はすべてを理解した。


重爺にあざを見せた時に何か隠していた訳。


自分に三年殺しをかけた奴は鳥羽伏見の戦いで死んだこと。


そしてその妹が小春だということ。


小春はそんな浅木のことなど気にせず尋ねた。


「ねぇ、おじいさんから聞いたけど、浅木さんも忍者だったのでしよう。京都で兄のうわさとか聞かなかった」


「ああ。俺は諜報活動をしていたから、鬼陰の噂は聞いたことがある」


浅木はやっとそれだけ答えた。