男の子は立ったまま動かない。
だからじゃないけど私も動けなかった。
沈黙があまり苦にはならない。

「あのさ…名前、聞いてもいい…?」

「名前?」

「これからもしかしたらクロたちのことでなんか縁があるかもしれないし…だからなんだってわけじゃないけど…その……や、」

上手く説明することができなくて、やっぱりいいと言おうとしたら、目の前の男の子は素っ気なく「コータ」とだけ呟いた。

「え?」

「オレの名前、コータ」

そんなにすんなりと教えてもらえるとは思ってなくて呆然としていると、コータくんは同じように聞き返してきた。

「お前は」

「わっ、私、朱里(アカリ)!」

「そ。じゃあまたな、朱里」

颯爽と走って行くコータくんの後姿を、ただクロと見ていた。
なんだかクロは寂しそうで、それが伝染したのか私も胸の辺りがきゅうっと痛くなった。

「…コータくん、かっこいいね、クロ」

こんなにドキドキしてるのは、初対面の人に呼び捨てにされたから、だよ。
別に深い意味なんてない。

指を甘噛みするクロを見てから、自分自身にそう言い聞かせる。
そんな私を、クロだけが見ていた。