「あおい様!」
藤咲さんだ。
ぐいんと現実に引き戻された。…いや、普通ならばこの状態は夢のような話だろう。
藤咲さんは息を切らしてやって来た。
「何も言わずに一人で…」
あおいはちょっとびっくりした。
「あたし、ちゃんと手紙置いてきました」
「勝手に行かれては困ります。あおい様にもしものことがあったら私の責任です…」
藤咲さんは息を整えながら姿勢を正して言う。
あおいは顔を顰た。
初めて…いや、最初のときのように、藤咲さんにムッとした。
「あたし、一人で散歩くらい出来ますから」
「…そういうことを言ってるんじゃありません。外出には危険がともなります。それにあおい様はお嬢様なのですよ。あなたを狙う人だっています」
「見ただけじゃお嬢様だなんて分からないです」
あおいはみつあみを握った。
藤咲さんはそんなあおいを見据えた。
黒く誠実な瞳が、探るようにあたしを見る。
その間もあおいはムッとしたままでいた。
ただ、その吸い込まれそうな瞳には視線を背けて。
「どこかに行かれる佐中ですか?」
藤咲さんは、髪を撫でるような優しい口調で尋ねた。
ドキドキするもんか。
ドキドキするもんか。

