「ぎゃおおおぅっっ!」

 衝撃にドラゴンが怒りの咆哮を上げる。
 金色の魔物の頭上に落ちた瓶はあっけなく毀れ、中から橙赤色の液体が流れ出る。
 湯気を上げるそれは、ドラゴンの金色の鱗を溶かしていく。
 ドラゴンの黄金の鎧に王水は効果を発揮していた。
 息をつめるようにして見守っていたサレンスは、青年に鋭く命じる。

「行けっ、アウル」
「おうっ!」

 了承の短い叫びとともに、森の民の年若い青年の焦げ茶の髪と漆黒の瞳が朱に染まる。
 あっという間に崖から滑り降りる。
 つんと鼻と眼を刺激する異臭。
 しかし、それを冷気が遮る。
 ドラゴンの周りに渦巻く瘴気。
 それがアウルに向かわないようにと、サレンスが冷気の壁を作っていた。
 地面に降り立ったアウルは、そこから軽く跳躍し、そのまま金色の魔物に襲い掛かる。

 ドラゴンは鱗を侵食する熱い液体を振り飛ばそうとするかのように翼を広げる。
 その翼の根元を狙って打撃を与える。
 がっと、鈍い音がする。
 手がじんと痺れる。
 骨に当たったのだろう。

 ドラゴンの血のように赤い瞳がアウルを睨む。 
 森の民の青年に向かって巨大な口を開き、鋭い牙がむき出される。
 と、頭上を次々に矢が飛び、ドラゴンの体に突き刺さった。
 苦悶の叫びを上げるドラゴン。
 ちらりと振り返れば、弓を引くサハナの凛とした黒い瞳に出会う。
 一つに結った艶やかな黒髪をなびかせ、崖上に立つサハナは戦女神のように美しかった。

 知らず乾いた唇をぺろりとなめると、再び地面を蹴り、跳躍する。
 容赦ない一撃をドラゴンの首元に与える。
 魔物はよろめきながらも広げた翼を羽ばたかせ、至る所から血を流しながらも宙に浮かび上がった。

「もどれ、アウル」

 サレンスの叱咤するような声が耳朶を打つ。

「ちっ」

 致命傷を与えられなかったことに軽く舌打ちしながら、アウルは身を翻す。
 一瞬後、アウルの居た場所をドラゴンの太く長い尾が襲い、地面を穿った。