肥沃な大地をもつアバランドという王国。
その王国に仕える一人の美しい巫女。

王位継承を巡り、囚われの身になる巫女と次期国王を救うべく、勇者と仲間の活躍を描いた子供向けのファンタジーだ。

中崎真司がこの本を読み始めているのは、懐かしさだけでなかったのかもしれない。
何が当時自分を夢中にさせたのか、その正体も知りたかったのだ。


−そういえば、昔はこいつとも仲よかったんだよな……。
思わず本から顔を上げ、目の前で寝ている中井優太を見つめる。

少し幼いが、綺麗な顔立ち。昔はよく女の子にまちがわれたくらいだ。

きっかけは真司が級友にからかわれたことだった。
自分が優太を守っているのは、かわいい優太くんが大好きだからだ、と。
全面的に否定して、その後は今の通り。

この時ばかりは女のほうがたちが悪く、しつこかったのを覚えている。恐らく、ともすれば自分たちよりも可愛い優太が憎かったのだろう。

情けない理由ということも分かっている。優太には悪いが、仕方ないよな。こいつも少しは明るくなれば違うんだろうけど。
そう呟いて、真司は本に顔をもどした。


勇者の一行が揃い、いよいよ冒険が始まる、ちょうどその時。 

真司の頭の中に急に霧がかかってきた。
これはなんだ!?

頭をあげると、視界が回っている。

堪らず目を閉じると、薄れゆく意識のなかで、かすかに女性の声が聞こえてきた。

−アバランドへ−

そして真司の意識は、ゆっくりと暗闇の中に墜ちていった。