野良ライオンと文系女の猛獣使い

あ、駄目だわ。これ。

お婆ちゃんが小さい悲鳴を上げて倒れるのを見て、脳内の冷静だった部分が告げる。

電車とアタシは、お婆ちゃんを挟んで直線上。

アタシは電車へ。
お婆ちゃんは電車から降りてきたのだろう。倒れてなければ、正面からスレ違っていたハズだ。

それは当然、お婆ちゃんを突飛ばしたガキとも直線上になる訳で。
どうやら、今ホームに降りてきたらしいそのガキとスレ違う。

そのタイミングで、軽く右足を引っ掛けてやった。


「ふおぁ!?」


お婆ちゃんを突飛ばしておきながら、何食わぬ顔で歩いていたガキが、奇声を上げて転倒する。

その様を視界の端に捉えながら、1ミクロンたりとも表情を変えずに、「邪魔だ、クソガキ」と吐き捨てる。

何やら人の多いホームでの意味不明な大声に、周りの目が、倒れたガキに集中しはじめたが、そんなのはどうでもいい。

そのまま、ガキの方には目もくれず(もともと全く見ちゃいなかった。視界に入ってきただけだし)、倒れて荷物をぶち撒けたお婆ちゃんに歩みよる。


「大丈夫ですか?」


うむ。我ながら、ずいぶん優しい声色だこと。

傍目に見れば、アタシはただガキとスレ違って、その後ろにいたお婆ちゃんを助け起こしてあげてる優しい女性なんだけどさ。

ポツリと呟いた言葉は、倒れたクソガキに届いたかどうか。
当然、周囲には聞かれちゃいないだろう。

ザマァ。アンタがやったのはこういうことだぞクソガキ。

脳内で嘲笑って、そこらに散らばったお婆ちゃんの荷物を集める。

お婆ちゃんは、しわだらけの顔にさらにしわを作って、「ごめんねぇ。ありがとうお嬢ちゃん」と笑ってくれた。

ああ、お婆ちゃん可愛いわ。うん。年寄りは大事にしないとね。


と、ささくれ立っていたアタシの心が、お婆ちゃんの笑顔で癒され始めた時。


「おい。お前、何してくれてんだ」


ひどく耳障りな声を、後ろからかけられた。