ゆっくりと青年は立ちあがった。

濡れた妖しく輝く赤い唇に笑みという花が咲く。

世界を支配する闇とは対照的な、真っ白な上着。

それと同じ身体のラインを強調するほど細いパンツに身を包む青年が、月を背負い立つようにその場に佇む。

高く筋の通った鼻を、くんっと風に突き付ける。

風が運ぶ生臭い血の臭いに、青年は右の口角だけをあげる。


「不幸な臭いだな」


くつくつくつ……

喉を鳴らし、青年は屋根を蹴った。

屋根から屋根へとまるで踊るかのように優雅に飛び移り、くるくると宙を舞う。

ステップを踏むように走れば、細い絹のような髪がさらさらと流れていく。

蒼い月は、スピードに乗って移動する彼を追うようにその背を照らす。


闇の壁を蹴るように、青年が走り、飛んでいく。


彼の鼻に『不幸な臭い』が益々色濃くまとわりつき始める。