霧雨と、7月中旬とは思えない肌寒さのおかげで観光客もまばらな橋を渡り切った。
かもめの鳴く声しか聞こえない静寂が、緊張感を呼びこみ、僕たちを寡黙にしていた。
少ない観光客目当てに土産物屋の軒先で、さざえの壷焼きを売る女性の、威勢のいい声が聞こえてきた。
そのおかげで周囲が色づくかのように活気づき、僕たちの心に安らぎを与える。
「美雨‥?寒気がするとか‥?」
手を繋いでからずっと俯き、口を真一文字に結んで目をぱちくりさせてるだけの彼女を気遣った。
恥じらっているのはわかってはいたが‥。
「だ、大丈夫‥。けど、恥ずかしい‥」
頬を赤く染め、顔さえ横を向いてしまってる‥。
この時、美雨に対する愛おしさで思いきり抱きしめたい衝動にかられた。
激情‥に近かった。
抱きしめる代わりに繋ぐ手に力をこめてしまった。
「‥痛い‥アキさん‥?」
ぎこちない手の握り方で、ぎこちなく歩く‥。いい大人がどうしたことだろう。
人が優しい気持ちで見てくれたなら、ほほえましい知り合ったばかりのカップルと映るだろう。
そうであってほしかった‥。
時間を自由に操れるなら、このひとときのために「止める」より、確実に「巻き戻す」方をとるだろう。
美雨が、婚約者と出会わないように、そして今ここにいる僕たちこそ、本物のカップルであるように、行動を起こすんだ。
時間さえ巻き戻すことができさえすれば‥。
それがどんなにわがままであろうと‥。
