それに、わたしだってわかってる。
「あら、そうやって無視出来るのも"知らない"からよ。おめでたいわね。ほんと」
知らないわけがない。
知らない"ふり"をしてるだけ。
「ふん。面白味のない子。見てなさい、そのうち嫌でも―…」
わたしは、榊の言葉をシャットアウトするようにロッカールームから出ていった。
バタン、と音をたてるドアが清々しい。
榊の言いたいことなんて、わかってる。
わかっていてもわたしはまだ、夢を見ていたいんだ。
いじらしい女で構わない。
先生の優しさを勘違いしたバカ女でいつまでもいたいと思うのは、いけないことなのだろうか。
いつかやってくる"その時"を切り出すのは多分先生であろう。
「平木さん!!何、ぼーっとしてるの?こっち手伝って!!」
「はい…」
その時、わたしは笑って言えるだろうか。
さようなら、と。
消毒のために器具を運んでると、治療に集中している先生の姿が見えた。
マスクで隠しきれない美貌に患者さんはうっとりしている。
今はそんなこと気にせずに治療に集中していられるけど、いつ先生が我を忘れるほど胸焦がれる人に出会わない確証なんてない。
そして、いつか先生に"運命の人"が現れた時が、"その時"だ。


