「私だけの演奏を、もっとたくさんの人に届けたいんです!」
「そりゃあ……」

 それは可能だろう。
 風音ほどの演奏が出来るのなら、どんな人でも彼女の演奏に耳を傾ける。いや、今までずっとそうだった。
 しかしその演奏は、風音に言わせてみれば風音の演奏ではないとのこと。だから今までのは、チャラにして、拍律風音個人として、演奏をしたい。
 そんな風に風音は熱く語った。添は隣で、それを聞く。

「出来るんじゃない?」
「出来る、じゃない。やる、んですよ」
「なあ風音さん。あんたいきなり自信取り戻したな……」
「不思議とエネルギーが沸いて来るというか、なんですよね。お父様に認められたから。意義を見出だしたから。それだけじゃないような……」

 小首をかしげる。理由なんてもの、添は知っているけど。

「ま、言うのは野暮か」
「どうかしたんですか?」
「なんでもない。じゃ、せっかくなら何か歌ってよ」
「……了解しました」

 風音が立ち上がる。胸に手を当てて、彼女だけのメロディーを屋上から響かせる。
 添はそんな風音を見ながらぼんやりと思う。やっぱり自分には、こんな才能は無いのかもしれないけど。

「才能、だな」

 楽しそうに歌う風音を、添は今だけ見ていた。綺麗な音色だった。