「お前この頃おかしいぜ?」
「……そうか?」
「ああ。授業中も休み時間もぼーっとしてよぉ、学校終わったらさっさと帰るし」

 翌週の月曜日、放課後さっさと帰ろうとした添を引き止めたのは万だった。やたらと不機嫌なように見えるのは気のせいではないのだろう。
 京都から帰ってからはずっと、添はとある事に打ち込んでいた。他人に言うつもりも無く、もちろん能恵に言うつもりも無い事をこっそりがっつり行う事に、ある種の快感を覚えていた。
 その行為には発想と時間と経験と語彙力と、とにかくかなりのものが必要で大変。しかしそれは楽しくて、だから人間関係をついつい疎かにしてしまう。

「悪い……。ちょっとさ、忙しくて」
「万年帰宅部のお前が忙しいって事は無いだろ」
「失礼だなお前。まあ、ほら、趣味のほうがな。能恵さんが大量に本を買い込んだから、それを読むのが大変で」
「その割には学校じゃ全く読まないんだよな。言い訳としては低レベルだぜ、空白」
「学校で読める本じゃないから学校じゃ読まないだけだ。あ、お前が期待するようなエロ本ってわけじゃないけど」
「……ちっ」

 さりげない舌打ちを聞き逃さないはずがなかった。第一能恵は、恐らく経験豊富なレディーだろうから、きっとそのような本はいらない。身をもって知っているわけだ、多分。
 それにエロ方面ではなくバッドエンド方面だから、あまり学校では読みたくない。当然のように濡れ場が出て来るわけだし、だから中途半端にからかわれるのが嫌なだけ。

「そーいうことだから、じゃあな」
「つれないねぇ……。ったく、お前は本の虫ですかって」
「何が悪いんだよ」
「もうちょいリアルを楽しめばいい。そりゃ本を否定するわけでもお前の趣味を否定するわけでもねーけどよ、なんかお前は、自分の殻に篭りすぎだ」
「……そういうつもりは、ないけど」
「お前、何が嫌なんだ? 自分の何が気に食わない?」

 万の細い目がつまらなさそうに添を射止めた。やたらと勘の鋭い彼の回りには、いつでも誰かが側にいる。添と違って。
 それが気に食わないわけではないし、ひょっとしたら気に食わないのかもしれないけど。いくら万とはいえ、分かってもらうつもりはないのが本心。