タレントアビリティ

「今から話す明洲は、そえ君とあっちゃんが会った明洲と等号で結ばないでいいよ。僕が知っている明洲だ。あっちゃんに問い詰めてみればそういうのは分かるさ」
「分かりました」
「まあ知っての通り、ウインドノベルの新人賞に『次世代明洲賞』というものを設立した。面白ければ何でもいい。とにかく持ってこいというおおざっぱな賞だが、世界明洲の名前を使うのには理由がある」
「……複数人説は本当なんですね」
「違うよ、世界明洲は1人だ。1人だから、こういう賞を公募しているわけなんだよ。早い話が、明洲は書けなくなった」
「うそ……」
「本当だ。誰にでもそういう時期はあって、僕にだってあった。鴎外だったり芥川だったり漱石だったり、そこら辺の作家にもあっただろう。ふとした拍子に筆が進まなくなって、何も浮かばず何も書けず。一体何があったのやらだよって聞いたところで、スケッチブックにすら何も書かないから困った事でだ……。コミュニケーションすら成立しないこんな状況だから、最後に会ったそえ君を拉致ったというわけだ」
「何で僕を」
「さっき言っただろう。最後に会ったのが君だからだ……、というのはまあ、便宜上のものでしかないわけで、僕が君を見込んだからだよ。何も無いと自負する君ならば、本当に何も無い明洲に何か引き起こす可能性があるからな。楽しみにしているよ、フフッ」

 薄気味悪い笑みが要に浮かんだ。添はそんな彼女を見ながら、聞こえないように溜め息を1つ。また厄介な事に巻き込まれたのかもしれない。
 ベンツはスピードを上げて進むばかり。止まらない車に乗って、添は京都に向かう。