「んあ……?」

 目を覚ますと、青が赤に変わっていた。綺麗な茜色に照らされたコンクリートに、大の字で眠る添。午後の授業は欠席。

「寝てたのか……」

 本当に眠っていたらしい。痛む背中をコンクリートから引きはがして、添は屋上に座り込んだ。寝起きの頭はぼーっとしていて、うまく働かない。腕時計の時刻は5時過ぎ。とっくに放課し終わった時間だった。
 誰にも気付かれなかった。いや、誰かは気付いただろうけど、添だから誰も呼びに行かなかったということだろう。またあいつか、そんな理由。物思いにふけって寝過ごす事は、よくある。

「今日も終わり。帰ろ」

 ふらふらする身体を起こし、フェンスを掴みながら歩く。茜色の校舎とは裏腹に、どっぷり疲れていた。自分の事を考えてしまうと、いつもこう。
 L字型の屋上の折り返し地点。ちょうどこの真下にある昇降口からはちらほらと生徒が帰っていく。寝起きの自分はどこか、おいてきぼりを喰らったよう。俯いてから角を曲がり顔を上げる。

「ん……?」

 さっきまでなかった人影が、そこにはあった。長い髪の女子生徒が何やら楽器を持ってフェンスにもたれている。恐らくバイオリンだろう。角を曲がったその場所から、見物を決めた。
 基本的に屋上は立入禁止で、普段は扉に鍵が掛かっている。しかし添は自由自在に出入りしているのだが、それは同居人が作った針金の合鍵を常に使っているからだ。扉は中からも外からもロック可能。だからあの人は、きちんとした手続きをして入って来ている。珍しかった。

「誰だろ、あれ」

 逆光のためにシルエットしか見えない。彼女は今まさにバイオリンを弾こうとしているところ。きっと自主練だと思い添はそっと座る。こっそり聞かせて貰おう。
 バイオリンの音が流れ出す。瞬間添は、呼吸を忘れた。