タレントアビリティ

「……遅いよ、能恵さん」
「ゴメンねぇ。だいたいそえ、何してんのさ」
「すみません。俺は不器用なんで、こうでもしなきゃ」
「ま、いーよいーよ。無茶苦茶な修羅場用意してくれれば、それはそれでエンジンかかる」
「Mですか?」
「知らない」

 走馬が倒した椅子を立て直して座り込み、唖然とする添以外の面々の前で座る能恵。走馬の母親ににっこりと微笑んでからそして事務員さんに向き直った。

「この度はお騒がせしました」
「ああ、日曜日ですか……。噂はかねがね、お買い上げありがとうございました」
「いい時計ですわ。また何か縁がありましたら」
「どうもどうも。で、あなたはどうしてここに?」
「コレの保護者です」

 添を指差して能恵は言う。添はとりあえずぺこりと頭を下げておいた。やらないと後が怖い。しかしコレ呼ばわりはひどいよなと、心の中で毒づいた。

「そえが、何かしました?」
「彼は何もしてません。盗ったのは、こっち」
「……またかぁ。むー、とにかく、そえは無罪放免でいいんですよね?」
「はい。こっちの彼との繋がりもいまひとつみたいですから、無罪放免って事で」
「あ、どーも。そえ、先帰ってて」

 ハンドバッグから鍵と財布を投げ渡す能恵。笑ってはいたもののどこか影を帯びているようなそんな作り笑い。ひやりとするものが、あった。

「帰りなさいよ」
「……はい」
「そえってホントに巻き込まれる体質だよねぇ。まあ、だからこそだよ、うん」
「はいはい。じゃあ僕はこれでよろしいですね」

 足元の荷物に手をかけて立ち上がり、さっさとドアの向こう側へと出ていく添。後ろ手でドアを閉めてから大きく息を吐いて、髪をがしがしと掻きむしってから、ドアの真横の壁にもたれた。
 すっと目を閉じて集中する。壁に耳ありとはまさにこの事なんだなと思ったのもつかの間、扉の向こう側から聞こえる。

「すみませんね、能恵さん」

 走馬を能恵に任せてはいけないような。能恵を走馬に任せてはいけないような。どちらかが強くてどちらかが弱い、そんな混じり合った感情が、胸にはあるような気がした。