ふぅっと少し息を吐いたノグラース伯爵は、やっと私から視線を外して奴隷商人・バークを見た。



「そこのケースに5キル入っている。
これでこの子を買い取らせてもらう」


「っ!ノグラース伯爵様!」



バークが今にも泡を吹きそうなくらい驚いている顔をしている。

無理もない。5キルはかなりの大金だ。


5キル。

つまりそれはセルの上を行く単位で、セルに換算すると5万セル。
バークの言った値段の100倍になる。



「このような娘にそんな大金、よろしいのですか!」


「不満ですか。貴方になんの不利益はないと思われますが」


「確かにそうですが…」


「では、これで成立しました。契約書を書きましょう」


「はい…では隣のお部屋に」



私はとんとん拍子で話が決まるのをただボーっと見ていた。


さすがに放心する。

私のような人間に5キルはまず、ない。あり得ない。



何が起きているのだろうと必死に頭で考えていた時、ノグラース伯爵が私の前まで来ていた。




「シャレン嬢、しばしここでお待ちください」



ご丁寧に、ノグラース伯爵は膝まついて、私の手の甲に口づけをした。



「!!」


本当に、あり得ない。

私に……闇色に染まった異質な私に。



いつもだったら冷静で対処する事ができるのに、この時ばかりは気が動転してしまった。



それでは、行くね。

甘く囁くような声が、耳を掠める。
私を見つめる瞳の奥底が見えなくて、怖い。