満ち足りない月





だって、この人を忘れられなくなっちゃうから。

この人はヴァンパイア。関わっちゃ駄目。


セシルは自分に言い聞かせるように心の中で言った。

なんて酷い事を言っているのだろう。そう思ったけれど、もうセシルにはそう思う事しか出来なかった。

この人を忘れるには。


「そうか…」

ラルウィルは考えるような素振りをしてそう呟いたが、すぐにセシルに向き直った。


「じゃあ、元気でな。エル」


その時なやっとセシルは思い出した。

―――そうか、私まだ本当の名前言ってないんだ。


「あの、私……っ」

どうしてだろう。急に自分の本当の名前を言いたい、そう思ったのだ。

でももう会えなくなるのに、そう大した事でもない。


セシルは言葉を飲み込み、嘘をそのままにした。

「ここに来れてよかったわ。本当に有り難う」


言い直した言葉はなんて薄っぺらいのかしら。