満ち足りない月





ホールにはラルウィルがいた。

セシルが来るのを待ちわびたように。

セシルはトランクを床に置いてラルウィルの前に立った。


「有り難う。あなたのお陰で助かったわ」

セシルは心の限り、お礼を言った。こうやって面と向かって礼を言う事すら、ほとんど記憶になかったのに、今はきちんと言える。

ほんとに私は何も出来ていなかったのね。ただ感謝の、お礼の言葉すら言えていなかったなんて。

でもここに来て、私はそれを知る事が出来た。

それだけでもう充分。


ラルウィルも微笑むと、優しく水をすくうようにそっと言った。


「こちらこそ。久しぶりの来客がこんなに変わった子で楽しかったよ」


「帰り道はわかるのか?」ラルウィルは聞いてきたがセシルは事実とは反対の事を言った。

「ええ、大丈夫よ」

なぜ嘘をついたのか。


送ってもらえばよかったのに。それとも何か道を教えてもらえるかもしれないのに。

誰もがそう思うだろう。

でも、彼にはもう頼ってはいけない、そう思ったのだ。


何故か彼はこの屋敷を出られないのだとセシルは分かった。


この屋敷を出られない理由までもは分からないが、何故か分かってしまった。


―――もうこれ以上、この人と関わっちゃいけない。