満ち足りない月





さて、どこに行こう。

セシルは思った。


セシルは急ぐあまり、出る時にほとんど何も持って来なかった。

洋服なんかも変えはないし、食料や水なんかは考えてもなかった。

持ってきたのは握り締めるくらいの僅かな金と写真。

ただそれだけだった。


しかし、出たばかりの頃とは違っている事があった。

その僅かな金はもうないのだ。


少しでも遠くへ。そう思って乗った汽車でその金は使ってしまった。そして訳も分からないまま、この森に入り、道に迷う事になる。


汚れた服と汚れたトランク。

こんな格好で一体どこへ行けるのだろう。


――でもあそこにだけは戻りたくない。絶対にあの人達にだけは縋らない。

私はそれを証明するために今ここにいるようなものなのだから。


手をぎゅっと握り締めてセシルは階段に向かった。


この屋敷ともさよならだ。もう二度と来る事はないだろう。


セシルは急に悲しくなって、階段を降りる途中、壁を細くて白い指でなぞった。


まるでこの屋敷にさようならを言うように。