「……っひ!」





本物の恐怖に対峙した時は、悲鳴など出せない程に身体が強ばるらしい。

口をただ開き、勢いよく吸った息が声の様な音を出したが一音にもならなかった。


響子はゆっくりと自分に向かってくる爪をただ見ることしか出来なかった。






「皆川!」






考える暇などなく、翼は彼女を助けたい一心で飛び出した。

咄嗟ながらに響子と鬼の間に滑り込み、皆川を背中に庇う。


風を切る音が耳元で聞こえ、次の瞬間、右耳が焼けるように熱くなった。






「……あつ!」






反射的に手を当てると、生温い液体がどろりと纏わりついた。

ボタボタっと雫が落ちる。





「……き、きゃぁぁあ!」






何が起こったのか分からず暫し呆然としたが、響子の叫び声を引き金に頭が急速回転し始める。



耳をやられた。

いや、俺の耳一つで済んで良かった。

皆川は無事だ。





「ま、牧野くん!みみが……っ!」






「大丈夫だ。それよりはやく!逃げろ!ここは俺がなんとかする!」






「……っでも!でも!」






「いいから早く!立て!走れ!」





初めて彼女に対して本気で怒鳴った。

びくりと肩を揺らすと、響子は手を付き立ち上がった。

しかし、こちらを向き直ると翼に手を伸ばした。





「牧野くんも!一緒に!」





すぐさま逃げ出したい筈であろうが、涙で目を真っ赤にさせながらも、彼女は自分の正義を全うしようとしていた。

翼は目を丸くしたが、ふと口の端に笑を作り、その手を掴んだ。