歩いている途中で、あの忌々しい笛が鳴り、翼は仕方なく駆け足へと変更した。




ほとんど近くまで来ていた筈だが、それよりも早く集合している人物がいた。

皆川響子だ。

翼が着いた頃には、もう既に彼女は鬼城から少し離れた場所で気をつけの状態であった。

彼女は、その真面目な性格から、もしくは臆病な性格から一切慣れを感じさせることは無く、日が経った今でも初めて鬼城に会った時の様な緊張を常に持っていた。


後から慌ててやって来た颯太とは大違いだ。





「揃ったな。」





地区大会の時の人間染みた雰囲気は微塵も無く、地を這うようにして低く響く声。






「では、いつも通り1時間だ。」





その後に言葉は続かなかったが、部員達はそれぞれに決めたスタート地点へと向かい始める。





一方、翼は拍子抜けしていた。


大会後、気の抜けた部員、鬼城は必ず何か仕掛けてくる筈だった。

今までの経験上、この集合で恐ろしい新ルールが発表されるに違いないと踏んでいた。






何を考えている?

まさか、本当に何も無しか?







そんな筈はない、奴かそんな生温い筈がないと去り際にチラリと鬼城の表情を覗き見る。






「……?!」






笑っていた。

引き攣ったようにに口端を上げ、目を細め、スタート地点へと向かっていく生徒達を嬲るように見据えていた。


その恐ろしく歪な表情に、鬼と出会った時と同じ感覚が全身を走った。

ぞくりと粟立ち、指先が冷えきるあの感覚だ。





嫌な予感がする。

翼は急いで校舎へと向かうと、颯太を呼び止めた。





「颯太。気をつけろ。あいつ、何か企んでるぞ。」





「はぁ?でも、何の発表も無かったじゃねぇか。鬼が増えるとも言ってねぇし。」





「いいから!油断するな。」





「わ、わかったよ。」





強まった語彙に気圧されて、頷く颯太の肩をポンと叩くと、






「頼むから、死ぬなよ。」






そうとだけ言い残し、校舎へと入っていった。