一段目に足を着ける前に、翼は後悔した。

そして、脳内には一瞬にして様々な感情が沸き立つ。





ー…しまった。


ー…こんな筈じゃ。


ー…まさか。


ー…翔も。


ー…どうすれば。









ー…死にたくない。





「……翼。」


ぎくりとした。

翔のその一言で心臓が縮み、体の熱がスッと冷え切り、鬼と出くわした時の、あの感覚がした。

翔の次の言葉はもう分かっている。


「俺のために……。」


一定のリズムに合わせて振られていた翔の左腕が動きを変えて、翼の方へと伸ばされる。






ー…やられる。




ー…嫌だ。




ー…嫌だ!




死にたくない!死にたくない!!




「う……あぁぁぁぁぁ!!!!!」



翼は迫りくる腕を弾いた。

そのまま腕を力任せに振る。

振り切った後で、翼はようやくハッとして右を向いた。



ぐらり。



腕を弾かれバランスを崩し、身体が傾いていくところだった。

目は驚きに見開かれている。

夢を見ているかの様に全てがスローモーションに感じる。

声も出せず、スピードを帯びていた脚でさえその動きを止めて翔が落ちていくのを凝視する。

いち早く夢から覚めた翔の表情が驚きから恐怖へと変わる。


「…や……だ。死にたくない……。」


上ずり掠れた小さな声だけが翼の鼓膜を揺らす。


「あっ……かけ…る。違っ……俺は…俺は……!」


無意識の中、落ち行く翔に手を伸ばすが届く筈もなく纏まらない言葉をうわ言の様に発する。

待ち侘びたという風に、鬼は腕を伸ばしてその長い爪で翔を掻き取った。

そして、そのまま身体を引き裂かんともう片方の腕を振り上げる。


「あぁぁぁぁぁ!!!!!」


断末魔の叫び。

振り下ろされる鬼の爪。

耐え切れず見ていられなくなった翼は、前を向き直り走りだした。


「だずげ……だ…ずげで……!!」



やめろ。やめてくれ。

何も聞きたくない!見たくない!!


「うわぁぁぁあ!!!!!」


何もかも捨てて、死というものから逃げるように翼は全力で走った。

翔の助けを求める声と、肉を裂き内蔵を貪る悍ましい音が耳に付き纏って離れない。


「やめろ!!やめてくれぇぇぇ!!!」