イライラする。
迫る鬼への恐怖、不安。
翔に対する忌み、怒り。
暗くねっとりとした感情が身体に鉛の様にのし掛かっていた。
並んでいた筈の二人に僅かながら差が生まれる。
「…っくそ!」
どうしてだ。
走る事はいつも翼の気を軽くしてくれた。
一心不乱に走ることで心を空にし、何もかもから解放された。
だが、今は一歩進む度に底無しの沼に脚を舐め取られていく様だ。
更に開く差から、翔はチラリとこちらを返り見た。
「…なんだよ。」
目線を寄越しただけで何も言わない翔に声を掛けたのは、焦りと暗い感情からだった。
翔の小さな動作一つにも苛立ち覚えた。
「…賭けをしようぜ。」
翔の口から出た言葉はあまりにも突飛なもので、思わず目を丸くした。
「は?いきなり何を…」
「俺とお前、次の階段を昇るか降りるか。同じ選択をすれば俺はまたお前を鬼様の元へプレゼント。違う選択をすれば…まぁどっちかは助かるだろ。」
翼の声など聞こえないかのように翔は話を押し切って進めた。
「そんなの受ける訳がないだろ。俺にメリットがない。」
「どうだか?翼、今の自分の走り分かってんの?」
「…っく。」
「笛が鳴るまであと20分弱。このまま乗り切れる自信…ねぇよな?」
表情は見えない。
ただ、闇に呑まれたあのどす黒い笑みを口元に忍ばせていることは容易に想像できた。
悔しいがその通りだ。
このまま走り続ければ、笛が鳴るまでに追いつかれてしまうだろう。
翔の手に転がされるのは癪だが、仕方ない。
ー…俺は生き延びなきゃいけないんだ。
「わかった。次の階段で勝負をつけよう。」


