振り返って鬼を目視することなく、翼は走り出していた。

数瞬遅れて、鬼が地を蹴る重い音が鼓膜に伝わる。

荒い息遣いも追って届き始める。

時計を盗み見れば、それは見事に壊れていた。


落ちた時か―…


翼は苦虫を噛み潰したような顔をし、5:53で止まっている時計を睨んだ。

あとどれだけの時間、逃げ切ればいいのか…

終わりの見えない恐怖と不安が、翼の走りを崩す。

呼吸のリズムが速く浅くなり、時たま詰まったような感覚に陥る。


集中だ。集中するんだ。
あの時の様な冷静な走りをしなければ。


頭では、そう考えているのだが、身体は正直だ。

恐怖と不安と焦りの蔦に巻かれ、いつもの流れるフォームが作れず、カクカク揺らいだフォームになっているのが自分でも分かる。

後ろに迫る鬼の気配を感じながら、翼は再び校舎の中へと入っていった。

校舎の中でなら、どうにか鬼を巻く方法が見つかるかもしれないとの考えからだった。

背後の鬼からは、どういう事か先までの身が震えたつ様な殺気を感じられない。

しかし、確かに追って来てはいる。



品定めでもしているのか?



疑問を抱きながら、翼はいつものスタートから中庭へ向かうまでのコースで校舎の中を走る。

階段を使うのは躊躇われたが、鬼の様子から問題ないと判断し、渡り廊下まで来た時だった。

角を曲がり長い一直線の渡り廊下に出た翼の前に飛び込んで来た人物。

それは、あの翔だった。