それから、
ねりけし。
美術の時間、ねりけしが必要だった。
けれど、あたしは買うのも忘れてて、忘れてたことも忘れてた。
だから友達に貰う事さえ忘れてて…
残念ながら、あたしの席の周りには、友達はいなかった
皆持って来ていて、立って、
先生、ねりけし持って来ていません
なんて言える根性をあたしは持っていなかった。
どうしようか迷っていると、
「田中!」
小声で擦れた声が聞こえて、
あたしは、きっと前の席の田中さんだろうと顔も上げず、机ばかりを見ていた。
だって、一度しか話した事が無いのに、こんな気安くあたしに話し掛けて来るわけが無い。
前の席の田中さんが、ん?と答えると、
「ばか!お前じゃねえ!」
なんて声が聞こえたから…
顔を上げたら、啓介と目が合って…
「忘れたんだろ?ほら。」
椅子を反対向きに座り、長い腕を伸ばして、あたしにねりけしを渡した。
それだけ、ただそれだけで、
今までの啓介を見直した。
