これもまた
ただ忘れればそれでいいの?
嫌な思い出だったと頭の中で私がケリをつければいいだけ?

それにはどれだけの時間を必要とするだろう。
現に基哉のことだって、私は未だに忘れられない。

そして森見くんはいなくなる訳でもない。

被害者面ならきっといくらでも出来る。
でもそんなの私はしたくない。
それはあまりにも
理不尽、過ぎる。



「お待たせ」



運転席のドアが開いて、相模が荷物と共に戻ってきた。


「貧血の生徒を送って直帰するって言ってきちゃったよ」


先程とは違っていくらか明るい口調になっている。
エンジンが伝える低い振動と共に
少し前に流行った曲がスピーカーから流れ出す。


「じゃあ行こうか。おうちどこ?」



どうしよう、と漠然と考えた。

このまま住所を告げてしまえば
きっと相模は送り届けてくれるだろうけど

だけど、今は
帰りたくない―。



「友響ちゃん?」



ひとりになったら考えてしまう。
そして行き場のない感情に押し潰されてしまう。

あの時のように…



「…何も言わなきゃ俺ん家行っちゃうよ?」



それでも良かった。
ひとりになりたくないと本当に思った。

夕闇が迫る車の中で、首を縦に振る。


「…わかった」



相模がシートベルトをしたのを見て、私もそれにならった。
懐かしの失恋ソングが耳に入る。

滑らかに走り出した車の中で切なげに唄うその歌は
相手をいつまでも忘れずに乗り越えていく、そんな歌詞。
どうしたらそんな強さが手に入れられるのだろうと思いながら
静かに瞼を閉じた。