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気付くと数式を解くよりも、考え込む時間の方が増えている。
目の前に並ぶ数列よりも私の内部の問題の方が
ずっと難解らしい。

…癪だなぁ


人が殆どいないのをいいことに
占領していた図書室の大きな机の上の勉強道具を片付けた。

メイクポーチのから鏡を出して開き、目の下のそれが少し主張し始めているのを見て
ちょっとだけ落胆する。
それでもコンシーラーとパウダーで上手く隠し鏡を閉じた。


胸の裡、というのも
こういう風に隠せたらいいのにな。

相模の目は苦手。何でも見透かされそうな気がするから。


鞄を肩に掛け廊下に出て、階段を見上げる。
腕時計は4時30分。夕闇が落ち始めるちょうどいい時間だった。

早いけど行こうかな…
今日も相模は来るのだろうか…

と、思ってしまって急いでその思考を掻き消す。

疲れてるんだ、きっと。
それと過度に接触があるから、余計なんだ。
勧められた本なんて読まなきゃ良かったわ…


今更どうしようもないことを巡らせて息を吐いた。
すっかり溜息が多くなったなぁ…

どこか重苦しいものを抱えながら、私は屋上への階段を昇った。


恐る恐る扉を開けて、誰もいないのを確認し、安堵する。

オレンジ色に染まる世界の下から数秒おきに聞こえてくる笛の音。
フェンスの傍に鞄を置いて校庭を見下ろすと、まだゲームは始まっておらず
マネージャーが鳴らす笛に合わせ、
コートの端から端まで3人ずつひとつのボールをパスで回していた。



順番待ちの列の中の、背番号10番が目に入る。
名前までは見えないけど、それだけで十分だった。
笛が鳴って、彼の番になる。

彼がボールを追う姿を自然と追いかけ、
最後に彼が蹴ったボールがそのままゴールネットを揺らすまで
その彼を見続けていた。