視界の端で、2本目の煙草に火を付けた相模も
まるで吐き捨てるかのように呟いた。

それはそれで、私の核心かもしれない。
謝られたところで、私はきっと快くは思わない。
続く言葉が見つからなくて、すっかり冷たくなった膝を抱えた。


「それとも何?今付き合ってる人とか好きな人とかいる?」


そんな私を見ているだろうに、相模は更に追い討ちを掛ける。

もしもいたなら、最初からそう言って断る事くらい
わかってるでしょ?

私の嫌味なんて及ばないくらい
相模はほんとに意地が悪い。
どうせ私は―


「あれ、昨日と本が違うね」


ふと気付たように声を洩らし、相模は不意にしゃがみ込んだ。
置いていた文庫を手にして、数ページ捲る。


「この人の俺も好き。天才教授とお嬢様女子大生のシリーズが特に。知ってる?」
「え…っと…この人のはこれが初めてだけど…」
「じゃあこれが気に入るようなら読んでみるといい」


しなやかな指先がぱらぱらとページを送る本越しに
苛立つという理由でいつもちゃんと見なかった顔がある。
分類としては『爽やか系』とでも言うのだろうか。
育ちが良さそうで、かといって頼りなさそうな雰囲気でもない。
高校生では持ち得ない独特の…色気、なのかな…?

ぼんやりと思案を巡らせていると、不意に視線を上げた相模とがっちり目が合った。


「…そんな見つめないでよ。照れる」
「なっ…!見つめてなんかないっ!照れなくていい!」


私の焦りを他所に相模は本から顔を上げる。
と、隠れてた表情の全てが見える。

ニヤリという文字がこんなにも当て嵌まる笑みを、私は見たことがない。


「…もう帰る」
「そ?それじゃ気を付けて帰りなさい」


昨日と同じようにさっと教師の口調になって
相模は私に本を戻した。
そのまま立ち上がり柵に手を掛け、白衣の背中をオレンジ色に染める。

あっさりとしたものなんだな、と
やっぱりからかわれているだけなんじゃないか、と
そんな想いが頭の中でざわめいて、振り切るように鞄を抱え立ち上がった。


「あ、そうだ友響ちゃん。志望校ってM大なんだって?」
「え?」