荒野の上に広がる真っ青な天井は、今日も変わらない。
足を棒にして知らない大地を上を今日歩く。ジルク・ハワードの日常は、いつも歩くことから始まる。小さい頃から運動は好きで、よくトレーニングと称して走り回ったものだ。親に心配をかけない程度に自分で一人。けど、いつからかそんなことはしなくなってしまった。両親の他界だ。日本とアメリカ間で起きたイザコザに医療者として借り出された父母は、アメリカ兵士の手で殺された。その日から生活の歯車は狂い始め、妹とは施設の違いで六歳の頃に離れたきりあっていない。一人で寂しかった。どうしようもないくらいに、世界で自分だけが取り残されたように。孤独と絶望を胸に、とある日一つの本を読んだ。聖者の石と呼ばれる、なんでも願いを叶える幻の秘法。目にした瞬間、世界は明るさを取り戻し、ある一つの決断をする。もう一度、あの笑って過ごせる日々を取り戻すんだ、と。それから約十年の月日が流れた。
「俺はちっとも生長なんかしてない」
前から襲い掛かるように吹き付ける砂埃と、肌に当たる砂塵はジルクを阻むようだ。それを押して一歩、また一歩と足を前に出す。
淀みの無い色の堕ちた白髪は、次第に激しく荒れる砂嵐に揺れる。
「立ち止まってなんかいられない。前へ進まないと…」
目に付けているゴーグル越しに鋭く光る赤い目は、茶色の世界の向こうに広がる道を見つめている。赤いコートを布代わりにして、また一歩踏み出す。
体中に力を入れて奥歯を噛み締め、抗う砂の波を押しのけるように一歩、二歩。
「取り戻すんだ、皆が笑って暮らせるあの日。絶対に」
誰に叫んでいるのか。はたまた自分に対する目的の再確認なのか。今の状況で自分慰める戒めの言葉なのか。本人ですら分からない。
ただ今は、砂嵐と言う壁を乗り越える事だけが頭の中を支配する。
目の前に広がる荒れた大地の向こう。ようやく抜けた砂嵐は、まるで昔の様に静かな風がジルクを出迎えた。
目の前の蟠りを払うようにゴーグルを外して、遠くを眺める。
「あれか…魔術の街:モトル」
目を眇めた視線の先にあるぼんやりとした小さな街。蜃気楼のせいで歪むように見える。ジルクは赤いコートについた砂を掃うと、黒い服の上から羽織、一歩大きく踏み出す。
まってろよ、聖者の石。