言葉はなかった。
口から出るのは、はあはあという呼吸音だけだ。
熱気にあてられ、息を吹きかけられるだけで酔ってしまいそうだった。
その後のことははっきりと覚えていない。
記憶は断片的なもので、ビュネの胸の感触だとか、髪の香りだとか、そういうことは覚えているのだが、前後のつながりとなるとまったく覚えていない。
憶えているのは、備え付けの電話が鳴って、時間がきたことを告げたことだけだ。

「十分前だってさ」
暗くて顔色まではわからないが、ビュネは上気したようだった。
私がめちゃくちゃに身体を弄ったせいで、衣服はかなり乱れていた。
「ふあぁ」
何の意味も持たない声を出して、ビュネはいそいそと服を整えている。
私もタバコと携帯電話を拾い上げて、懐に収めた。
すると、私の前にビュネの手が差し出された。
何かと思ってビュネを見ると、すねた表情でこういった。
「立てない」
私は苦笑しながら、手を引っ張って起こしてやった。
「大丈夫?」
腕にもたれかかるビュネに私は尋ねた。
「んー、駄目」
ふらふらとおぼつかない足取りだ。
私はビュネのバッグを引っつかんで、空いている腕に抱えた。
ドアを開けて部屋の外に出ると、やけに照明がまぶしいような気がした。
「トイレにいってくる」
そういってビュネは、頼りなげな歩調で便所まで歩いていった。