僕は走った。

咄嗟に文庫本を掴み、表へ出た。


店の前で一瞬足が止まる。

緩やかな坂道の上を見ても下を見ても、君の姿はない。


僕は迷わず、坂道を下った。

微かな薔薇の香りが、暮れかかる町の景色の向こうから、流れて来たから。