「は…ここ?」
彩香に連れて来られたビルを見上げている俺の横で、嬉しそうに微笑む彼女は小さく頷いた。
「そうなの…。
一階が一般に開放されてる美術館になってて…よく見に来るの。
落ち込んだり悩んだ時には気持ちが落ち着くし、お気に入りの絵もあるから…。
昴と一緒にその絵を見たいの」
囁くような声と、俺への期待するような瞳を向けられて、何も知らないのか…?
と疑問に感じながら。
「彩香が行きたいなら…」
とりあえず、目の前のビルに行く事にした。
それにしても。
嬉しそうについてくる彩香に気づかれないように
小さく息を吐き、自然と肩も下がって落ち込む自分。
正直、俺の周囲のほとんどの人間が知っている父親の会社の事もよくわかってなかった彩香。
入社以来ある程度の距離を持って付き合ってきた単なる同期という仲だったにしても。
彩香が知らなかったという事実に寂しさを覚えてしまった。
本当に俺に興味がなかったんだな…。
俺にとっては見つめるだけで癒され温かさを感じる大切な存在で、彩香の全てを欲しがる日々だった。
彩香の興味がなかったってのは、今から行く場所が何なのか知らない事にも表れていて。
ほんの少し。
今は俺の事が好きだという彩香の言葉に縋り付いて気持ちを上げようとする自分の弱さを感じる。

