私の反応なんて待つ様子もなく、冷蔵庫から缶ビールを2本取り出して、1本を私の手に握らせる。こんな昼間から、その男と一緒にビールなんか飲める訳がない。
「ごめんなさい。 帰ります」
私は、缶ビールを開けることのないままテーブルの上に置いた。そしてショルダーバッグの肩紐をつかんで立ち上がり、それと同時に玄関へ向かって駆け出した。もちろんその男は追いかけて来ている。急いでサンダルを履こうと思っているのに、緊張と焦りのせいか、サンダルにすんなりと足が納まらない。扉を開けようとした時には、既にその男が体で扉を塞いでいた。私の抵抗はそこで終わった。

「その男」は、原 誠吾(せいご)。中学時代の先輩で、私が初めて「好き」だと伝えた相手。その時、誠吾は、私の告白に返事をしなかった。突然キスをすると、何も言わずに走り去って行った。それが全てで、それで終わりだった。その後、校内で顔を合わせることはあっても、私を見ることもなく、言葉を交わすこともないまま卒業して行ったのだ。誠吾が高校を途中で辞めたと、おせっかいな友達が私に知らせた。バンド活動をしながらアルバイトをしているということも、友達に聞いた。正直、私の中で誠吾のことは全て終わっていた。キスをされたからといって、大事な想い出として心の中にしまっておいた訳でもなく、本当に終わっていたのだ。3年前のあの日までは・・・