オートロックを解除すると、私の左腕を離すことのないまま、その男はマンションの中に入って行った。エレベーターに乗ると、その男は私を抱き締めた。あまりの衝撃だったせいか、私は身動きも出来ないまま身を任せるだけ。エレベーターの扉が開いたのは、7階に着いた時だった。つかんだままの私の左腕を引っ張って、1番突き当たりの部屋の前へたどり着く。鍵を開けると、半ば放り投げるような強引さで、私を部屋の中に入れた。
「驚いた?」
その問いかけには答えたくなかった。
「ここ、俺の仕事部屋」
確かにいろいろな機材が並んでいて、壁は防音になっている。机の上には、パソコンが3台置いてあって、いくつかの楽器もある。キャビネットの上には、CDやノート、5線符などが山積みになっている。間違いなく、ここはその男の仕事場なのだと思った。
「座れよ」
黒い革張りのソファの上に乱雑に置かれた本やCDを端に寄せると、空いた部分を私に勧める。
「元気だった? 今、東京に住んでるの? そんな訳、ないよな。 だって、この間大阪でお前見たもん」
「見た・・・って?」
ソファに腰を下ろしながら、私はつい、その男の言葉に反応してしまった。‘お前’と呼ばれることに、多少の嫌悪感を覚えながら。
「Zepp来てただろ? 結構前の方だったよな?」
黙ったまま、いや、絶句したままその男を見つめる私。その男は、余裕の表情で見つめ返す。
「確信はなかったけど、似てるなって。 でも、今日お前に会って、あれはお前だったってはっきり分かったよ」