―――そのとき何かが聞こえた気がした。
方向も定かでなくて、痛みさえ麻痺して感じなくなった頭だけを動かして辺りを見回してみる。
でも、思いの外強く吹き荒ぶ雪のせいでかすんでしまって分からない。
――あ、また聞こえた。
気のせいじゃなかった。
「…のき!…く……き!…」
二回呼ばれてもう一度頭の中で繰り返して自分の苗字だとやっと理解した。
そして呼んだのは結城だった。
ある一点に焦点を合わせてその姿が鮮明に見えるようになるのを待つ。
必死に走ってくるその姿を見たとき。
もう一度あたしの名前を強く呼んだとき。
なぜだか泣きそうになった。
安心感があって、でもさっきの違和感が邪魔して。
胸の中がいろんなものでぐちゃぐちゃで訳が分からない。
でも涙は出ない。
あたしの涙腺は、あのときから故障したまんまだから。

