これまでの数回の練習後にも話し掛けられてはいたが、このような奇妙な空気になったのは初めてだ。



椎名くんが動かないからあたしも動けない。

藍が待っていてくれているからあまり遅くなれないのに。




あたしが痺れを切らして口を開こうとしたとき。



「楠さん」


「…はい」


いつになく真剣な顔つきに、不覚にも心臓がドキリと音をたてた。




「あの、このあと、良かったら一緒に帰…」

「六花」



椎名くんの声に被さった声に、瞬間的にそちらへ向く。



「藍」


見ると、藍が自分とあたしのカバンを携えて立っていた。


ステージ上にいるあたしに下まで寄ってきて、帰ろう、と言った。



「うん。…あ、待って、ごめん、椎名くん。何だっけ?」




思い出したように椎名くんを振り返れば、


「あー、いや、ごめん、なんでもないよ。大丈夫、なんか、やっぱいいです」


「……そう?」



焦って切れ切れに言う彼を不審に思いながら別れを告げ、その場を後にした。