苛々する。
なおが居ない。
なおと一緒に居ないと不安になるのは、なおじゃない。
自分の方だ。
はぁ。
頭悪そうに媚びを売って喋りまくる女や、すっかり古い不必要な慣習に凝り固まった老人。
軽く相槌は打つが話しは全く頭に入らない。
普段出入りしない『切石』の家は相変わらず居心地が悪い。
値踏みするような目や、欲望に塗れた下脾た濁った瞳。
機械で管理された清浄な空気が流れている筈の部屋、それでも淀んで呼吸しにくく感じる。
なおの周りはいつも清んだ光の香りがする。
帰りたい。
帰っていつものように抱き締めたいと切に願う。
なおの柔らかい肌が恋しい。
はぁ。
自然と溜め息も増える。
春がしっかりしろとジェスチャーしてくるが無理。
普段来ないせいか逃がすものかと見合い相手だの取引先の重役だの来客が堪えない。
やっと体が空いたのは夜中だ。
はぁとまた今日何度目かの溜め息をつき、切っていた携帯の電源を入れる。

明るくなった液晶画面を見ると着信23件。
メール一通。
全部羽夏だ。
確認するとなおが早退したという内容。
何故。
ちゃんと昨日離れる時も顔色や健康状態をチェックした。
何も問題無かった。
ちらりと時計を確認するが構わず電話を掛ける。
「あぁ、羽夏。
なおの体調は?
………あぁ、明日確認して無理そうならしっかり休ませろ………家政婦が必要そうなら用意していい………なおはもう寝てるのか?……いい、起こさなくて………ちゃんと水分と冷蔵庫にゼリーがあるから起きたら食べさせて………その棚の二番目の引き出しに風邪薬とかビタミン剤が入っているから………何か合ったらすぐ連絡しろ………頼んだぞ」
全く家の事を理解していない羽夏に告げると羽夏に頼らなくてはいけない不安を抱えながら通話を終了する。