その時、初めて彼の笑顔を見た。
その時、なぜか急に胸の奥がざわつき始め、鼓動が早まった。
私の髪に付いた桜を優しく払う彼に、逆に質問した。


『ねぇ、名前は?』


「そんなの聞いてどうすんの? てかさ、俺と一緒にいて何とも思わないわけ?」


『何とも思わないけど、何かあるの? 名前が変とか?』


「…緒方仁。」


『おがた…』


「俺の名前、お前ホント変わってるな。」


『それは誉め言葉?』


「捉え方次第じゃね?」


『そう。ねぇ、もう一ついい?』


「なに?」


『なんでそんなに前髪が長いの?』


「…切らなかったらこうなった。」


『そうなんだ。 私も一回前髪伸ばそうとしたんだけどさぁ、ダメだった』


笑いながら言うと、仁は「やっぱり変わってる。」と呟いた。


『そう?』


「なぁ、俺がなんて言われてるか知ってる?」


『ダサい。でしょ?』


「ちょっと違う。ダサカレ。」


『ダサカレ?』


「そう。ダサい彼。
みんな俺の名前知らねぇの。」


桜木の隙間から覗く空を、悲しそうな顔で見上げる仁の目はすごく綺麗だった…


『…きれい…─』


「なんか言った?」