「ダンナ、アタシは帰りますからね〜?
今日はご馳走様でした!」


一応、帰る断りと今日の礼を述べておく。

きっと聞こえてはいないだろうが、手だけはヒラヒラと振っている。


ちょっと離れた所にいるマスターとも目が合い、ペコリと頭を下げる。


出口に向かい、両開きの扉を開こうと手を伸ばした。

そこでふと思い、トールは寝ているドルメックの元へ引き返した。

もう一度寝ていることを確認すると、小さな声で呟いた。


「実はアタシ、さっき話した【刻読みの民】の血を受け継いでいるんですよぉ。

薄〜く薄くなってしまったお陰で、目も見えるし、未来を読むなんて大それた真似も出来ないんですがねぇ…。

明日の朝には、きっと覚えて無いでしょうね〜?
コレはアタシの、取っておきの秘密ですよ〜?」



そして今度こそ、トールは《飛翔亭》を後にした。


暑い夜にも、少し風が出てきた。
火照った身体から心地良く熱を奪い去っていく。

酔った勢いで気紛れに溢した秘密の分、トールの心は軽かった。


こうして、騒がしい夏の暑い夜が更けていった。