約束の場所へと向かう車の中で考えるのは、病院に運ばれてから今日までの事。



……どうしてこんなに大切な事を忘れてしまってたんだ。






泣きそうな顔で俺を覗き込んでいた波音。





『……あなた、誰ですか?』



『……おはよう。城戸くんと同じ高校の同級生だった本城です』



恋人、“婚約者”だったのに。



いきなり俺に忘れられて波音はどれだけショックを受けたんだろう。




婚約者だった事を俺に伏せて、高校の同級生だったと自分を紹介した波音は、どんな気持ちで……。






『食べてた場所は!?どこで城戸くんは蜜柑を食べてたの!?』



『分からない』



『……そっか』





少しだけ。



ほんの少しの記憶の断片を思い出しただけで喜んで。




……肝心な事は何も思い出せて無かったのに。


どうして一番大切な人を思い出せなかったんだ。





『じゃあ、明日来て』



『来て……いいの?』



来て良かったに決まってるだろ。


遠慮して、きっと波音は“わざと”日を開けて来てたんだ。