たったの数日だというのに、支社のことが懐かしく思える不思議な感覚が取り巻くなか。
耳元に近づけた受話器から鳴り響く、無機質なコール音はすぐさま試作部直通となった。
とある人物の名を出して繋ぐようにお願いすれば、メロディ音ののちに切り替わった声。
「なになに、兄と離れてそんなに寂しかった?」
「…松岡さん、出る時はせめて名乗りませんか?」
「そういう真帆ちゃんも同じジャン」
「…あ、そうでしたね――お疲れ様です」
バタバタ慌ただしい騒音が聞こえて来る中、相変わらず声の主はクールで不思議なもの。
そう、電話相手とは松岡さんだ。今まさに電話越しで、ニヤリと笑っているに違いない。
とはいえ、何時も片手間で何かを片づけているのも知っているし、器用さの表れだろう。
「えー…。“お兄ちゃん寂しいの”が抜けてるしぃ」
「抜けてませんよ、松岡さん」
「あーあ、ソッチでエロ上司にナニ吹き込まれて…あ、エロ上司と何シテるの間違いか」
「もぉ!――このまま人事部へ繋いで下さい。セクハラ疑惑通報します」
「もー、お兄ちゃんでしょ?」
「…気色悪いですよ、」
何度否定しても兄と言い張る彼に、それを毎回言う方が疲れてしまうからスルーが一番。
「こらこら妹。今から妹が暴言吐いたってツイートするぞー」
「いま宣言されたらTwitterの意味がありませんよ」
「えー、俺はリアル・ツイッター専門だもん」
「…今すぐ絵美さんの元へ向かって下さい」
海外に滞在すれば自ずと時間感覚が薄れるけれど、彼との会話は現地感覚が薄れるわ…。

