此処がキスとハグなんて当たり前の日常だとしても、ラブとライクでは意味合いが違う。
だいたい薬指のエンゲージ・リングを前にして、何と言う失礼な発言をするのだろうか。
「プッ…マホ、ソレって可愛さアピールのつもり?」
「はぁ!?」
目を逸らせば負けな気がしてジッと睨んでいれば、プッと弾いたように笑われてしまう。
「ああ、アノ男も“こういうトコ”に惚れたのか」
「…もう相手にしていられないわ。
お送り下さいましてありがとうございました!」
「すぐあとでねー」
そもそも本気になるという意味が分からない。これは修平への当てつけなのだろうか?
どこまで彼に失礼な男なのだろう…。さっきの態度に触れる度に、苛々だけが募って。
相手にしていては本来の目的を見失いそうと、ドアを潔く開けて試作部へ目を向ければ。
クスクスと軽く笑う耳障りな声が届きながらも、知らんぷりを通して逃げ去っていた。
昨日貰ったIDカードと指紋認証ののち、試作部の建物へ入るとパウダールームに行く。
鏡面に映る自身の表情が弱々しげで、先ほどの動揺を払拭するようにリップを手にした。
お気に入りであるシャネルのアクアルミエール・ルージュで、少し顔色がアップさせて。
さらに気合を入れるようと、頬をペチペチと両手で叩きながら心を落ち着けるしかない。
気持ちを入れ替えて退出し、試作部へと通じるドアへと手を掛けようとしたところで。
「遅かったから、道に迷ったのかと思った」
「あ…」
いつもと変わらない革靴音をコツコツと響かせて、左方から来る修平の声で驚かされた。

