そっか、越智君、陸上を辞めちゃうんだ

勉強と部活を両立するのは難しいもんね

越智君が、部活を辞めちゃったら…もう、あたしたち、接点が無くなっちゃうね

偶然、廊下ですれ違うくらいしか見る機会が無くなっちゃうね

越智君との想い出を作りたいっていう願いも、もう無理だね

…ヤだ、嫌だよ

どうして辞めちゃうの?

越智君、部活は辞めないで

お願い、部活は続けて欲しいよ

せめて、ゆっくりと越智君を見ていても誰にも言われない時間が欲しいの

見つめていても、おかしくない時間が欲しい

越智君の走る姿をもっと見ていたいの

あたしは、手の中にある退部届をぎゅっと握りしめた

ぐしゃっと紙がよれるのを感じながら、あたしは胸の奥の痛みに呼吸が一瞬止まった

紙を掴んでいる手で胸元を抑えると、その場にうずくまった

「…い、たっ」

心臓に痛みが走る

「ちょ…え? 陽菜ちゃん? どうしたの?」

リンちゃんの大きな声が、頭上からしてきた

「だ…い、じょうぶ」

「どこが? 全然、大丈夫じゃないよっ! ちょ、誰かっ! 陽菜ちゃんがっ」

リンちゃんが、フェンスをガシャガシャと揺らしながら、大きな声で助けを求めた

「リンちゃ…大丈夫だから。騒がないで」

あたしは、フェンスを壊す勢いで揺らし続けているリンちゃんに告げる

「なんで? だって苦しそうだよ。すごく顔色も悪いのに…」

リンちゃんが心配そうな顔で、まだフェンスを揺らしている

「平気。少し休めば…治るから」

あたしはふぅっと息を吐き出すと、深呼吸を繰り返した