「もう…お帰りください」

軽部先生の声に、40代の男が嬉しそうな顔をして「息子を許してくださるのですね」と明るい声を出した

軽部先生がさらに口を開こうとするが、男は聞く耳持たずといったようにさっさと玄関を出て行った

「なんなの…あれ。許せるわけないじゃない」

軽部先生が低い声を出して、舌打ちをした

あたしが玄関のカギをしようとすると、ドアが勝手に開いた

開いたドアの向こうには、制服の男の子が立っていた

さっき、父親の頭にジュースをかけていた男の子だ

「申し訳ありませんでしたっ」

男の子が、深く深く頭をさげて謝った

え?


「兄も父も、無神経なことばっかですみません。ほんとに、ごめんなさい。あいつら、馬鹿なんです。人間のクズなんです。どうぞ、恨んでください。許さなくていいですから」

男の子は制服の上着を脱ぐと、ジュースで汚れた玄関の床を、雑巾代わりにして拭き始めた

「家を汚してすみませんでした。ああっ…靴まで、僕は汚してしまったんですね。すみません。必ず、弁償しますから」

男の子は立ち上がると、また頭を下げてから、家を飛び出していった

「えっと……」

あたしはどう反応していいか…わからなくて軽部先生を横目で確認した

軽部先生は少しだけ微笑んでいた

「恨んでいい…か。あの子はきっと、大樹の良さを知っているのね」

軽部先生が、肩を竦めて寂しそうに微笑むと居間に向けて歩き出した

「いつまでも悲しんでるわけにはいかないわね。仕事、頑張らなくちゃ。生まれてくる子には、裕福な生活を送らせたいしね」

軽部先生の手が、お腹を優しく擦った