「どうしよう! 患者…大ちゃんなの。すごい血だらけで、意識もなくて…脈拍が弱いの。先生がいなくて…他の患者さんの処置を待ってたら…大ちゃんが死んじゃうよ」

あたしは電話に向かって、叫んでいた

膝ががくがくと震える

今までどんな患者を見ても、どんな深い傷の人間を見ても取り乱したりしなかったのに

知り合いがベッドに横たわって、生と死の世界を行き来していると思ったら…看護師としての知識なんて吹き飛んでいた

『わかった。すぐに行く』

ガチャっと通話が終わる音がいやに頭の中で響いた

あたしはそっと電話が置くと、振り返って大ちゃんを見た

「主任、ドクターと連絡とれたか?」

海東君の声にあたしは、涙を目にいっぱい溜めて鼻を啜った

「第一が無理なら、第二に連絡して」

海東君の言葉に頷くと、あたしはまた受話器を握った

第二外科の医師も手いっぱいで誰も来てくれないと言われた

電話に出たのは日勤の先生でまだこの病院に残っているというのに…来れないとあっさりと言われてしまった

目の前に瀕死の患者が横たわっているのに…誰も治療してくれないなんて

「…大ちゃんが死んじゃう」

あたしの涙が頬を伝って下に落ちて行った

あたしの背後で、処置室の自動ドアが開いた

「大丈夫。俺が死なせないよ」

白衣姿の越智君が、あたしの肩に手を置いて微笑んでくれた

水色の手術着ばかりの医師と看護師の中で、白衣を着ている越智君が大ちゃんの前に立って、海東君に指示を出し始めた

「ちょ…あんた、まだ研修医だろ! あんたの担当医はどこにいんだよ」

海東君が、越智君に怒鳴った

「治療できるドクターが掴まらねえのに、研修医だとか担当医だとか関係ねえだろ。医者は医者だ。治療できる資格があんのに、指を咥えて人の死を見ているほど、俺はお気楽な人間じゃねえんだよ。邪魔だ、どけっ」

越智君が、海東君の肩をぐいっと押すと、ハサミで大ちゃんの服を破った

「ピーピーそこで文句を言ってるだけなら、用はねえよ。俺に処置されたくないなら、処置しても文句ねえドクターを呼んでこい」