君の声が聞こえる

「話を聞いてくれて有難う。本当はずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれないな」

 塩谷さんのこの穏やかな微笑みは、この二十年の間に培われてきたのものなのかもしれない。

僕は塩谷さんの痩せた背中を見ながら、今、すぐに雅巳に会って抱きしめたいという気持ちになった。

塩谷さんの病室を後にした僕は、ナースステーションで塩谷さんの病室を聞いている女性を見かけて立ち止まった。

看護婦が丁寧に病室を教えているのを見ながら、その人の姿を見て溜息が漏れた。

美しい人だった。

年の頃は四十前後だろうか?

春を思わせるような優しい水色のスーツに身を包み、ショートの髪はゆるいウェーブがかかっている。

大きな目に引き締まった輪郭。

そして、薄い唇はピンクのルージュがよく似合っていた。

男女問わず、惹きつけてしまうその魅力的な顔は、僕の恋人によく似た顔立ちをしている。確かにこれは一目で分かる。

雅巳の二十年後を見ているようだ。

その女性は見られる事に慣れているのだろう。

呆然と女性に見惚れている僕の存在など気がつかない様子で、ピンと背筋を伸ばし、その場を後にした。

看護婦に言われた通りの道筋をたどり、塩谷さんの病室に向かう女性の背中を見送りながら、この二十年間、一人の人を想い続けたのは塩谷さんだけではないかもしれない、と思ったのだ。


 塩谷さんの話を聞いた僕は焦りを感じていた。